スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『変わるもの、変わらないもの』 田中達也

「好きでレッズを出たわけじゃないのに、なんでブーイングされないといけないの」

翌年の契約を勝ち取れなかったがゆえに浦和を離れなければいけなかった選手たちが、『古巣』との対戦を前にそうボヤくのを幾度か聞かされたことがある。
《まあ、そう感じるのはもっともだよな》と思う。

ただし、興味深いのはこの後だ。
レッズサポーターからブーイングされることに不満を口にしていた選手が、実際にブーイングされた試合後には、こう語るのだ。

「レッズのサポーターが自分のことを覚えていてくれてるんだと感じて、嬉しかった」と。

そういった過去があったから、今日、自宅を出たときの筆者はこんなことを想像していた。
試合前のメンバー紹介では、田中達也に対しての愛情がこもった盛大なブーイングがスタジアムを満たすことを。
試合後には、達也がそれに対し、何らかの形で謝意を示すことを。

結論から言えば、筆者の想像はどちらも外れた。

彼の名前がアナウンスされたとき、たしかにブーイングはあった。
しかし、それを掻き消すほど大きな拍手が鳴り響いた。
レッズから国内移籍 ―その理由がどうあれ― した選手への反応としては、クラブ史上希に見る出来事と言ってよかった。
やはり『田中達也』は特別なんだなと、なぜだが自分まで嬉しくなってしまった。


その盛大な拍手が送られてから2時間45分が過ぎた頃、彼はミックスゾーンに姿を現した。

「自分のミスが続いたのでチームに迷惑をかけたなと思います」

それが、第一声だった。
うつむく彼を慰めようとするかのように、報道陣からは「でも、左足での惜しいシュートもあったけど?」と水が向けられる。
ある意味での自身のプレーへの賛辞に、彼は笑みひとつ返さない。
代わりに、自分自身が納得ができなかった点を口にする。

「それよりも、他のところの繋ぎの部分でチームの役割を上手く果たせなかった。だから、交代したのだと思ってます」

《変わってないなぁ》と思わされた。
チームが勝利しても、絶対に大言壮語はしない男だった。
決勝ゴールを挙げても、「点が取れたのは、後ろでしっかり守ってくれたDFと、パスを出してくれた中盤の選手のおかげです」と語る男だった。
敗戦後に言い訳は口にせず、責任を負おうとする男だった。

何よりも彼らしいと思わされたのは、メンバー紹介時のレッズサポーターの拍手について問われたときの答だ。
「(拍手については)嬉しいですけど、アルビの一員として今日は勝ち点3を取って帰りたかったです。非常に残念です」
視線を落としたまま、そう口にした。

かつて浦和の背番号『11』を背負っていた男は、もうすっかり新潟の背番号『9』になっている。
だが、『田中達也』という人の中身は、何ひとつ変わっていなかった。



【以下、追記です】

この日、アウェイ側ゴール裏最下段には【オレンジ・青・白】の横断幕が3枚、掲示されていました。

1枚は『 La FAMILIA』 。
1枚は 『SURVIVE』

おそらくこれら2枚は、新潟サポーターの方たちがとても大切にしているはずのものと思われます。

そして、この2枚を覆う形で 『田中達也』 の横断幕が掲示されていました。

この一事からだけでも、彼は新潟で愛されてるんだなとわかり、とてもホッとした気持ちにさせられました。


スポンサーサイト

テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

コメントの投稿

非公開コメント

読んで

泣けました
メルマガはじめました!
プロフィール

小齋秀樹

Author:小齋秀樹
1970年12月18日、宮城県生まれ。仙台第一高校→早稲田大学卒業。
サッカー選手のインタビュー、ノンフィクション執筆をメインに活動するJリーグ登録フリーランスライター。

著書は『goalへ―浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)、『敗戦記』(文藝春秋)。

サッカー専門誌や『web Sportiva』、『Sports Graphic Number』への寄稿のほか、浦和レッズのホームゲームで発行・販売される『オフィシャルマッチデープログラム(MDP)』にて『WARRIORS IN RED』を連載中。

Twitter
アクセスカウンター
サッカー以外の記事執筆も承っております。下記からご連絡下されば幸いです。

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。