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「求ム、『嫌われ者』 」 ナビスコカップ準決勝、対川崎、第1戦 永田充

ナビスコカップ準決勝第1戦、前半は狙い通りの形だった。
大久保嘉人・中村憲剛・レナトといった面々をマンマークに近い状態で封殺、川崎にチャンスらしいチャンスを作らせなかった。
そして前半終了間際に先制、後半開始早々に追加点と、パーフェクトと言っていい展開だった。

しかし、後半15分にリベロの山田暢久が負傷退場、その3分後に川崎が森谷賢太郎を投入して3バックから4バックへと布陣を変えて以降、状況は変わっていった。
川崎のシステム変更から4分後には2-1に。しかも、その直前のプレーで足をつった坪井慶介もピッチを離れることになる。
その後、大久保の豪快な右足ミドル一発で同点、直後には逆転弾も喰らってしまった。

川崎が布陣に手を加えて流れをつかんだときに、ミシャ監督には適切な修正指示を出してもらいたかったと個人的には考える。
だが、たとえベンチからの指示がなくとも、ピッチ内の選手たちで判断して対応してもらいたかったとも思う。
少なくとも1人、それが可能だったかもしれない選手がいる。
永田充だ。



「それまでずっと出ている選手は体力的にキツかったと思うし、助けてあげたいという気持ちで入ったんですけど、結果として3点取られてしまったので申し訳ない気持ちがあります」
山田暢と交代してリベロの位置に付いた彼は、うつむきがちにそう語った。

「ラインの上げ下げがほとんどできなかったので、もう少しそのへんを(何とかしたかった)。周りがキツいのはわかっていましたけど、それでもやっぱりやらせないといけなかったのかなと思います。ラインが深くなってしまってスペースを自由に使われだして、バイタルの空いたところからシュートを打たれて入ってしまったので、そのへんをもっと早く修正したかったです」

永田がラインアップを諦めた背景には、チームメイトたちの状態を判断してという、もっともな理由がある。
「1回ラインを上げたんですけど、あまり付いてこれない状況だったので、僕だけ上がってもバランスを崩すと思いました。(中略)ラインコントロールは僕だけのことじゃないので、全体として上げるのはちょっと難しかったです」

永田は「ああいうときに違う戦い方、完全にブロックを敷いたりとか、そういう方法もあったと思います。自分たち選手で判断して、状況に応じてやってよかったのかなと思います」とも語っていた。

「自分たち選手で判断して」という反省の弁は、昨年から耳にすることが多い。
裏を返せば、ピッチ上の監督とでも呼ぶべき強烈なリーダーシップを取る選手がいないということだ。

あるいは、こう言い換えた方が適切かもしれない。
『嫌われることを厭わない選手がいない』、と。


前述のように、この日の永田は周囲の状況を見て、ラインアップをやめている。
その判断は、ある意味で冷静な、正しいものなのだろう。
だが、彼自身が「それでもやっぱりやらせないといけなかったのかなと思います」と口にしていた通り、チャレンジし続けてみて欲しかった。
永田が周囲の選手に鞭打ってラインコントロールを続けていたら、どうなっていたのか――。
彼の言葉通り「バランスを崩して」失点していたかもしれない。
だが、足をつった坪井がピッチを離れてから大久保の同点弾までは10分以上あった。試合終了までは無理だったとしても、川崎へ傾いている流れを一時的にでも堰き止め、引き戻すきっかけを作れたかもしれない。


強烈なリーダー、あるいは嫌われることを厭わない選手の不在は、実は先日の横浜F・マリノス戦でも強く感じていた。
あの試合の2失点目と3失点目は、マルキーニョス、中村俊輔の素晴らしいシュートによるものだった。
だが、どちらの場面でも、レッズの守備の人数は足りていた。
この2失点について、坪井はこんな反省を口にしている。
(筆者注:横浜戦については、坪井選手は他にも色々と反省の弁を述べているのですが、主旨がズレるのでここでは触れません)。

「自分が守るだけじゃなくて、周りの守備の統率・連動の部分でももっとリーダーシップを取ってやってかなきゃいけないかなというのは、ありますね」

それができなかった理由は、そもそもこれまでに彼がこなしてきた役割が、リーダーシップを求められるものではなかったということがひとつ。
もうひとつが、あのときの彼の精神状態。先制点を与えるきっかけのひとつは、彼から那須大亮へのパスが相手に触れられてしまったことだ。「那須には悪いことをしてしまった」と、試合後の坪井は責任を口にしている。
ミスをおかしたことによって周りに主張しづらくなってしまうというのは、非常にわかりやすい心理作用だ。
だが、そうやって為した『遠慮』が、結果としてピッチ上で更に悪い状況を呼ぶこともある。
たとえば外国籍選手(すべてではないが)たちは、自分のミスを棚上げにして主張すべきところは主張することができる。そういうメンタル面での強さを持っている。
多くの日本人にそれができないのは、思ったことを口にするのを躊躇ってしまうのは、嫌われる・不興を買うことへの怖れが心の奥底にあるからではないのだろうか――。


筆者自身は、他人に嫌われないで済むのならば、それに越したことはないと思っている。
だから、選手たちにあまり強く言う資格はないのかもしれない。

だが、タイトル獲得を最優先課題とするならば、選手たちは嫌われることを、不興を買ってしまうことを怖れるべきではない。
ピッチ上のことはピッチ上のこととして割り切れるだけの関係性が、今の選手たちの間にはあるとも思う。

これから先チームに必要なのは、『嫌われ者』になれる選手の出現である気がしてならない。


【追記】

強烈なリーダーシップの発揮をまず求められるのは、キャプテンなのだろうとは思う。
しかし、阿部勇樹のパーソナリティの「方向性」とでも言うべきものは、『強烈』なキャプテンシーとは少し異なるもののように個人的には見える。

以下はメールマガジンに記したことと重複してしまうが・・・

阿部は確かな技術を持ち、かつ勇猛果敢な素晴らしい選手だと筆者は思っている。
だが、先頭に立って集団を引っ張っていくようなリーダーシップの持ち主かと問われれば、首をかしげざるをえない。
どちらかと言えば、阿部は集団の最後尾に位置し、そこから遅れそうになる選手を後ろから押し上げるタイプだ。
大原サッカー場での彼は、それを体現してもいる。
ランニング中、歴代の多くのキャプテンとは異なり、阿部が先頭に立つことはない。ほぼ最後尾に位置してゆっくりと足を運ぶ。パス練習では、相手にあぶれていた若手を真っ先に見つけ、「おい、一緒にやるぞ」と誘ったこともあった。そういう優しいキャプテンなのだ。

・・・とはいえ、選手たちにとっても、発言に一番説得力がある同僚は阿部のはずなので、彼がその殻を破ってくれることに期待したいと思う。


【追記2】

念のため。筆者にはこの試合の永田充選手を批判しようという意図はありません。
新潟戦のMDPでも触れましたが、彼自身のコンディション・試合勘などは、まだ50%を上回った程度。
その状態の中でできることを、難しいシチュエーション下で投入されながら、こなしていたと思います。

彼の川崎戦後の発言中に、ピッチ上でのリーダー論とでも言うべきものへの端的な素材が含まれていたので、彼を中心に書かせてもらいました。
もちろん、永田選手にももっとリーダーシップを発揮してもらいたいという個人的な願いはありますが、今回はあくまで一般論を展開する上でのわかりやすい具体例として、取り上げたつもりです。

このあたりのことも伝わるように書くべきだったと、反省しております。
永田充選手のファンの方で不快な思いをされた方がいらっしやいましたら、誠に失礼いたしました。


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テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

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プロフィール

小齋秀樹

Author:小齋秀樹
1970年12月18日、宮城県生まれ。仙台第一高校→早稲田大学卒業。
サッカー選手のインタビュー、ノンフィクション執筆をメインに活動するJリーグ登録フリーランスライター。

著書は『goalへ―浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)、『敗戦記』(文藝春秋)。

サッカー専門誌や『web Sportiva』、『Sports Graphic Number』への寄稿のほか、浦和レッズのホームゲームで発行・販売される『オフィシャルマッチデープログラム(MDP)』にて『WARRIORS IN RED』を連載中。

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