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人生は上々だ ― かつての『レッズ』に会いに行く EXTRA 堀之内聖

(全2回の1)

2011年、堀之内聖はリーグ戦5試合・カップ戦1試合にベンチ入り。しかし、出場機会は与えられないままに、浦和レッズでの10年目のシーズンを終えることとなった。
そして、リーグ戦終了から数日を経た12月7日、彼の契約満了が発表される。

「引退は……、考えましたね」

堀之内はそう振り返った。
「あの年は、本当に1分も試合に出ることができなかったので、サッカー選手として失格の烙印を押されたというか(苦笑)、『もう無理だよ』って暗に言われている感覚がありました。ケガもあってそういう結果になってはいたんですけど、実際のところ、自分がもう1年サッカーをできるのかという不安がありました。それに、自分がプロを続けたかったとしても、他のチームからのオファーがなければ、選手は続けられないので……。だから、本当に悩みに悩みました。悩んだ末に最後は、もし他のチームからオファーがあったら、受けよう。それがないのであれば、しょうがないな、と覚悟を決めていました」

その年のレッズは、リーグ戦終了後に行なわれた天皇杯4回戦で愛媛FCを破り準々決勝へ進出。平川忠亮・坪井慶介ら『79年組』は《ホリと一緒に国立に行く》と意気込んでいた。しかし、つづくFC東京との試合に敗れ、シーズンの終幕を迎えることとなる。
敗戦翌日の12月25日、チームは大原サッカー場に集合して15分ほどのミーティングを行ない、シーズンの全活動を終えた。
その後、堀之内はグラウンドに出ると、5、6名の同僚たちと共に1時間ほどもリフティングゲームに興じた。ゲームの終わりと同時に彼の身体はチームメイトたちに囲まれ、気づいたときには宙を舞っていた。
それが、10年間慣れ親しんだ大原との別れだった。

チームが天皇杯を戦っていた間、堀之内の元へ届いたオファーはなかった。
ジリジリした気持ちのまま、めでたいはずの新年を迎える。
吉報が届くのは年明けから数日が過ぎてのこと。電話をもらい、翌日には直に会って話を聞き、間もなく契約書にサインを記す。
その相手が、横浜FCだった。

「そのときは、1年間試合に出ていなかったので、正直、不安の部分が大きかったんです。だけど、もう1年サッカーを続けられる喜びも、やっぱりありました。あとは、見返したいという気持ちもあって、それがその後の自分の原動力になりましたね」

迎えた2012年、J2開幕戦。
堀之内はベンチ入りし、第3節にはデビュー。以降数カ月はベンチから試合を見守る時間の方が長かったものの、7月に入るとレギュラーの座を獲得。最終的には計22試合に出場・2ゴールを記録。チームはリーグ戦を4位で終え、J1昇格プレーオフへと駒を進めた。
しかし、5位のジェフ千葉をホームに迎え、自身のJ1復帰を賭けてフル出場した一戦には、0-4と大敗。
その後の11月下旬には、クラブから契約満了を言い渡されることとなる。
これを受け、堀之内は自身のブログにチームへの感謝を込め、こう記している。

『今年の一月、移籍先が見つからず引退も覚悟していた自分を最後に救ってくれたのが横浜FCでした。
そして、去年ピッチに立つ事ができず、サッカー選手としての自信、プライドを失いかけていた僕を、もう一度サッカー選手にしてくれました。』

『もう一度サッカー選手に』なった。
彼のその認識は、うぬぼれなどではない。
それを証明する事実こそが、年内に受けたモンテディオ山形からのオファーだった。

山形で与えられた背番号は『5』。
大学時代に着けていた愛着のある番号であり、プロになってからは初となる一桁の数字でもあった。

移籍当初はインフルエンザやケガの影響で出遅れたものの、4月17日の第9節にCBとして途中出場し、デビュー。
つづく第10節では移籍後初先発を果たす。
ただし、ポジションはCBではなくボランチ。出場停止の選手の穴を埋める形だった。
ホーム・NDソフトスタジアム山形でのその試合は、季節外れの大雪を必死の除雪作業でピッチの外に押し出した末、なんとかスタート。雪の舞い落ちる中、オレンジ色のボールを使用してのこのゲームで、3連敗中だった山形は勝利を収める。
スコアは1-0。
決勝点を挙げたのは堀之内だった。
前半の43分、ペナルティエリア内へのロングボールを相手守備陣が頭で跳ね返したところを、堀之内はペナルティアーク右脇で胸トラップ。直後に飛び込んできた相手を左足の切り返しでかわすと、『返す刀』で右足を伸ばしてボールを叩いた。シュートまでの一連のアクションは、後にチームメイトたちから「ロボットみたいだった」と評されることになる。
ある意味では堀之内らしい、動きの『硬さ』を伴って放たれたシュートはゴール左上へと向かい、サイドネットを揺らした。

ホームでの初出場、移籍後初先発・初ゴール・初のフル出場という『初物づくし』でこの試合は終わった。
次節では、出場停止となっていたボランチが戦線に復帰したが、堀之内はCBとしてフル出場。
以降、彼はレギュラーの座を手にし、ケガなどのコンディション不良を除き、先発出場を続けることとなる。

(第2回はこちら)

※この原稿はメールマガジン第9号(2013年10月10日配信)から一部を転載したものです。
他のコンテンツは

●大原ノートから 『森脇良太 自虐からの前身というスタイル』

●あなたの『?』に答えます 『岡本拓也と小島秀仁 同期の行方について』
        
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テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

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プロフィール

小齋秀樹

Author:小齋秀樹
1970年12月18日、宮城県生まれ。仙台第一高校→早稲田大学卒業。
サッカー選手のインタビュー、ノンフィクション執筆をメインに活動するJリーグ登録フリーランスライター。

著書は『goalへ―浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)、『敗戦記』(文藝春秋)。

サッカー専門誌や『web Sportiva』、『Sports Graphic Number』への寄稿のほか、浦和レッズのホームゲームで発行・販売される『オフィシャルマッチデープログラム(MDP)』にて『WARRIORS IN RED』を連載中。

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