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人生は上々だ ― かつての『レッズ』に会いに行く EXTRA 堀之内聖

(全2回の2)
(その1はこちら)

10月6日、東京・西が丘の味の素フィールドでのJ2第36節。
対戦相手は横浜FCだった。
昨年所属していたチームとの一戦に、堀之内はボランチで先発。
両サイドバックが果敢に攻め上がる山形は、ともすればバランスを崩しがちとなる傾向があったのだが、堀之内は自身のポジショニングで攻守の均衡を上手く保っていた。
試合はアウェイながら山形が圧倒しつつも、0-0のまま進んだ。
しかし、先制は横浜。
後半9分、選手交代を機に横浜はシステムを変更。この変化に対応しきれないうちに流れを譲った末、山形はPKを献上してしまう。

圧倒的に攻めていながら喫した先制点に、山形の選手たちは数瞬だが立ち尽くした。
真っ先に動いたのは堀之内。
ネットを揺らしたボールがまだゴール内でバウンドしているうちに駆け寄ると、ボールを拾い上げ、踵を返してセンターサークルへと向かった。

その後、山形は流れを引き戻す。
しかし、ゴールを割ることができない。
時間の経過と共に焦りが募っていく。
後半24分には、横浜エンド中央付近でボールを持った堀之内が、相手ボランチに背後からチャージされて転倒する。
山形のFKとはなったものの、そのファウルは主審がイエローカードを提示することもない程度のものだった。
しかし、立ち上がった堀之内は怒りを抑えようともせず相手選手に詰め寄る。非常に希なことだった。
この試合に掛ける彼の思いが、表に現れた場面のひとつとだった。

試合は0-1のまま90分を迎え、アディショナルタイムに突入。
そして90+2分、ゴール前のこぼれ球を山形が押し込んで1-1に。
試合終了の笛が鳴ったのは、それから3分あまりが経過してからだ。
堀之内は自陣ペナルティエリア内右で座り込んでいた。
最後のプレーで、途中出場の永井雄一郎のドリブルに追いすがった末、同僚と2人がかりで彼の突破を防いだ直後だった。
右ふくらはぎは痙攣を起こし、すぐに立つことはできなかった。
チームメイトにふくらはぎを伸ばしてもらってから、堀之内は右足を引きずり気味に歩き、試合後の挨拶を交わすために整列しつつあるチームメイトの後方へ加わる。
相手チームの同じような位置には、仏頂面を浮かべる永井の姿があった――。
後半35分、1-0の時点で投入されていた永井にとって、自分が出場してからの同点弾は屈辱的と言っていいものだった。
永井は浮かない表情のまま、山形イレブンとおざなりの握手を交わしていく。
ようやく満面の笑みをたたえたのは、目の前に堀之内が来た瞬間だった。
ふたりは互いの右手を、固く握りあった。


堀之内が取材エリアに現れたのは、試合終了から50分近くを経て。シャワーを浴び、チームスーツに着替えた後の時間を、お世話になった横浜FCの選手・スタッフらと旧交を温めるのに費やした後のことだ。

「個人的には、前半飛ばしすぎて危なかったです」
それが、彼の第一声。
前所属チームとの初対戦(3月末に山形で行なわれた横浜戦では移籍後初のベンチ入りを果たしたものの、出場はないまま)だっただけに、気合いが入り過ぎたことを、苦笑しながら明かす。
「そういう気持ちを出すと上手くいかないことが多かったので、試合前はあまり意識しないようにとは思っていたんですけどね」
再び苦笑を浮かべ、そう口にした。

「試合後には横浜のサポーターも声援をくれて、本当に嬉しかったですし、『まだやれてるよ』ということも見せられたと思います。それに、場所が東京ということで高校・大学時代の友だちも観に来てくれて、そういうことが力になったし、ホント嬉しかった」

ある意味では、この日の西が丘の主役は堀之内だった。
そう言っても決して大げさではないと、筆者は思っている。

その後も、彼を囲む報道陣の輪はしばらくの間、解けることがなかった。
10日後には、浦和駒場スタジアムでの天皇杯3回戦が控えていたからだ。

大学卒業後の10年間を過ごしたチームとの初対戦について問われた彼は、次のように答えている。

「まずは試合に出られるように、しっかりと準備したいです。浦和も試合が詰まってますし、どんなメンバーで来るかはわからないですけど、どんなメンバーが来たとしても、強いですからね」

そう言って、この日幾度目かとなる笑顔を浮かべると、こう続けた。
「そのことは、僕が一番知ってますから」


来たる10月16日――。
駒場には、山形サポーターから堀之内へのエールが2種類、鳴り響くことを筆者は期待している。
ひとつはレッズ時代に生まれた、「ホ・リ・ノウチッ、ホ・リ・ノウチッ」と、彼の姓を連呼するコール。
もうひとつが、かつて山形に在籍した選手のチャントを受け継いだもの――。
その選手は、2004年にブラジルから来日したレオナルド。185㎝・82㎏という屈強な体躯を活かし、彼はゴール前の砦として立ちはだかると、前年を12チーム中8位で終えたチームを4位にまで引き上げる原動力の一翼を担った。
その後2009年まで計6シーズン、レオナルドは山形一筋でプレー。2008年にはクラブの悲願たるJ1昇格に大きく貢献した。
『山形サポーターにとってのレオナルド』とは、言ってみれば『レッズサポーターにっとってのギド・ブッフバルト』だ。
そんな存在だと評しても、誉めすぎではない。

そのレオナルドの応援歌を、堀之内聖は受け継いでいる。
彼はそれに値するだけの男だと、僕は思っている。

(了)

※この原稿はメールマガジン第9号(2013年10月10日配信)から一部を転載したものです。
他のコンテンツは
●大原ノートから 『森脇良太 自虐からの前身というスタイル』
●あなたの『?』に答えます 『岡本拓也と小島秀仁 同期の行方について』 
などです。

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テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

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プロフィール

小齋秀樹

Author:小齋秀樹
1970年12月18日、宮城県生まれ。仙台第一高校→早稲田大学卒業。
サッカー選手のインタビュー、ノンフィクション執筆をメインに活動するJリーグ登録フリーランスライター。

著書は『goalへ―浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)、『敗戦記』(文藝春秋)。

サッカー専門誌や『web Sportiva』、『Sports Graphic Number』への寄稿のほか、浦和レッズのホームゲームで発行・販売される『オフィシャルマッチデープログラム(MDP)』にて『WARRIORS IN RED』を連載中。

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