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人生は上々だ ― かつての『レッズ』に会いに行く

                vol.1 千島 徹(第2回)

                  (第1回はこちら)





「今の生活は今の生活ですごく充実してるんです。でも、引退してしまったことに関しては、正直、めっちゃ後悔するときもあります」
そう語る千島が引退を決意したのは、2008シーズンが終了して間もない頃。翌09年を「最後のシーズン」と心に決めていた。

千島に引退を決意させた要因は、大別すれば2つに絞られる。
ひとつはケガ。
2007年5月下旬に負った、左膝の前十字靱帯断裂だ――。
サガン鳥栖との練習試合、千島はドリブルで相手をかわしてから右足でのシュートモーションに入った。
その瞬間、追走してきたDFに背後から押される。
軸足となっていた左脚の膝に、自分の体重とDFの体重、さらにはそのDFの運動エネルギーまでもがプラスされてのしかかる。
千島の左膝はグニャリと、本来は曲がらないはずの方向へ『く』の字に曲がった。
これまでの人生で感じたことのない激痛に襲われた。


その負傷からチーム練習に部分合流するまで、要した月日は約1年2ヶ月。
だが不運なことに、部分合流を果たしたその日、千島は再び左膝を負傷。ボール回しの際、人工芝グラウンドにスパイクのスタッドが引っかかり、半月板を損傷してしまう。
結局、さらに3ヶ月弱の時間を手術と術後治療、リハビリに費やすこととなる。
公式戦のピッチにようやく戻ることができたのは2008年10月5日。
前十字靱帯を損傷してから1年5ヶ月もの時間が過ぎていた。


復帰したとはいえ、それで苦しみから解放されるわけではない。
その後は、長期離脱を経験した選手ならば誰もが苦しむように、『かつての自分』と『今の自分』のギャップに千島も煩悶した。
頭では、ケガをする前の自分に戻るのは容易でないとわかっている。
しかし、頭と感情は別もの。
感情はどうしても『かつての自分』の影を追ってしまいがちで、そこに葛藤が生まれる。
その葛藤に、千島は疲れはじめていた。



引退を決意させた、もうひとつのもの――。
ファッション。
それは千島にとって、サッカーと同じくらいに情熱を傾けられるのではと思えるものだった。

ファッションへの興味は、中学時代から強いものがあった。
プロになってからも関心は強まるばかりで、ユニフォームは襟を立てて着こなし、オフの日には長い時間を原宿で過ごした。
《引退したらアパレル業界に入って勉強して、最終的には、中学時代からの親友と自分たちのブランドを立ち上げる》
『サッカー後の人生』として、そんな夢を長い間胸の奥で温めていた。


《ケガばかりで正直ちょっと疲れた・・・・・・。それよりも、次の夢への最初の一歩を、早く踏み出したい》

それが引退する前年、2008シーズン末の、千島徹の偽らざる心境だった。

                        *

迎えた2009年の1月、愛媛から実家のある川越へと帰省中の千島は、同郷のチームメイトと酒席(とはいっても、最初の乾杯後は2人ともソフトドリンクばかり頼んでいたのだが)を共にした。
同僚の名は関根永悟――。
関根は大宮東高校卒業後、ホンダルミノッソ狭山でプレー。DFとして泥臭く粘り強いそのパフォーマンスが認められ、JFLからJ2への昇格を目指す愛媛FCから誘われた経歴の持ち主。苦労してキャリアを積み上げてきた選手だった。

千島と関根は同じ歳ということもあり、他の選手には言いづらいことでも互いに話し合える間柄だった。

「今から話すことは、永悟だけに言うことで、みんなには黙っててほしいんだけど・・・」
そう切り出し、関根がうなずくのを確認してから、まだ家族にも伝えていない決意を明かした。
「オレ、今季限りで引退するつもりなんだ」

関根の表情から、驚いていることがわかった。
しかし、彼の口からは『なんで?』、『もう少し一緒にやろうよ』といった、引き留めの言葉は出てこない。自分の考えを他人に押しつけるようなタイプではないのだ。
しばしの間を置いてから、テーブルの向かいに座る同僚がつぶやく。

「・・・・・・そっかぁ・・・・・・」

互いに自分のグラスに目をやる。
2人の間に、沈黙だけが流れた。

         

千島が関根に、他の同僚たちには漏らさぬよう言い含めたのは、何ももったいぶっていたわけではない。
彼なりに考えた末のことだ。

仮に全チームメイト・スタッフに「今季限りで――」と知らせた場合、様々な支障が出てしまう可能性を危惧したからだ。

たとえば、メンバーの当落線上に自分ともう1人の選手がいて、自分が選ばれたら、その選手はどう思うか?
「徹クンは今年が最後だから、監督も特別扱いしてるんだ」と思わないだろうか?

あるいは、自分なりに精一杯練習に取り組んでもいまひとつのプレーしかできなかったとき、同僚たちはどう思うか?
「徹クンはどうせ今年でやめるんだから、今日手を抜いたところで何かが変わるわけではないよね」と思われはしないか?

考えすぎなのかもしれない。
だが、『今季限り』という自分の意思を表明することで、チームの和に亀裂をもたらす可能性が少しでもあるならば――。
それは避けたい。
そう思い、決めたことだった。

関根にだけは伝えておこうと思ったのは、これまでの自分たちの関係を振り返れば、そうすることが自然で正しいことに思えたから。
そして、《誰かひとりくらいには、自分の決断を知っておいてもらいたい》との思いがあったからだった。

         
(第3回はこちら)



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テーマ:Jリーグ - ジャンル:スポーツ

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プロフィール

小齋秀樹

Author:小齋秀樹
1970年12月18日、宮城県生まれ。仙台第一高校→早稲田大学卒業。
サッカー選手のインタビュー、ノンフィクション執筆をメインに活動するJリーグ登録フリーランスライター。

著書は『goalへ―浦和レッズと小野伸二』(文藝春秋)、『敗戦記』(文藝春秋)。

サッカー専門誌や『web Sportiva』、『Sports Graphic Number』への寄稿のほか、浦和レッズのホームゲームで発行・販売される『オフィシャルマッチデープログラム(MDP)』にて『WARRIORS IN RED』を連載中。

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